下垂体(脳下垂体)とは

頭蓋骨の中(眉間の奥)で脳の下にぶら下がるように存在する小さな内分泌器官(7~8mm程度)で、前葉と後葉の二つの部分からなります。
頭蓋骨を構成する骨の一つ、蝶形骨にあるトルコ鞍という凹みの中に収まっています。
前葉は6種類のホルモン(成長ホルモン、プロラクチン、副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン[黄体化ホルモン、卵胞刺激ホルモン])を、また後葉は抗利尿ホルモンとオキシトシンを分泌します。
下垂体前葉ホルモンは副腎皮質、甲状腺、性腺など数多くの末梢ホルモン分泌を調節しています。
このため下垂体機能が低下すると、結果的に副腎皮質ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性ホルモン等の分泌が障害され、ホルモンの種類により多彩な症状が現れます。

頭蓋咽頭腫・下垂体腫瘍の専門外来へ

下垂体腺腫とは

下垂体腺腫は脳下垂体に発生する良性腫瘍です。
一般的には下垂体前葉の細胞が腫瘍化したものです。
下垂体はホルモンを産生する器官ですが、下垂体腺腫はホルモンを産生するもの(ホルモン産生腺腫)とそうでないもの(非機能性腺腫)に分けられます。

前者は分泌するホルモンの違いによって次のように分類されます。

  1. 成長ホルモン産生腺腫:先端巨大症、巨人症
  2. プロラクチン産生腺腫:プロラクチノーマ
  3. 副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫:Cushing病(クッシング病)
  4. 甲状腺刺激ホルモン産生腺腫
  5. 非機能性腺腫:下垂体ホルモンの過剰分泌がみられない

原発性脳腫瘍の中で3番目に多い腫瘍ですので決して稀な疾患ではありません。
一般的には青壮年期から老年期に多く発生するといわれていますが、十代、二十代の若い世代にもみられます。
タイプ別では非機能性腺腫が40%と最も多く、次いでプロラクチン産生腺腫(30%)、成長ホルモン産生腺腫 (20%)の順になります。
副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫や甲状腺刺激ホルモン産生腺腫は非常に稀です。

下垂体腺腫の症状

同じ下垂体腺腫であっても上に挙げたタイプそれぞれに特徴的な症状があります。

① 成長ホルモン産生腺腫

先端巨大症、巨人症という病名がつくことより想像がつくかとおもわれますが、成長ホルモンが過剰に分泌されることで身体的に特徴的な症状を示します。
小児期にこの疾患になると身長や手足が異常に伸び、いわゆる「巨人症」になります。
また成人になってからですと手足の先端や額、あご、鼻、舌等が肥大して「先端巨大症」といわれます。
靴や指輪のサイズが合わなくなったとか、数年前に比べて顔つきが変わったということからこの病気が見つかることがよくあります。
睡眠時無呼吸や咬合不全の原因の一つでもあります。
男性ですと性機能の低下、女性では無月経等もみられます。
組織学的には良性腫瘍でありますが、放置しておくと糖尿病、高血圧、心不全等生命を脅かすようなことになります。

② プロラクチン産生腺腫

若い女性(20~40歳代)に多く、プロラクチンの過剰分泌により月経不順や無月経、乳汁分泌を来します。
妊娠していないのに体が妊娠しているような状態になります。
これらの症状はすぐに気付かれることが多いので他の腺腫と比較して腫瘍が小さいときに見つかる傾向があります。
女性不妊症の原因として非常に重要な疾患です。
また男性にも発生し、性欲や性機能の低下がみられます。
その場合なかなか気付かれないことが多く、腫瘍が大きくなり視力、視野障害がみられて初めて発見されることがあります。
従って男性では中高年にみられ、腫瘍が大きいことが特徴です。

③ 副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫

別名Cushing病(クッシング病)と呼ばれ、下垂体から副腎皮質刺激ホルモンが過剰に分泌されます。
若年から中年の女性に多く、肥満(顔が満月様に丸くなり、手足に比べて胸や腹が太る、いわゆる中心性肥満)という体型になります。
にきびができやすく、体毛が濃くなります。
前胸部や下腹部に赤紫色の引っ掻いたような線状の痕跡(皮膚線条)が、みられたり、皮膚の色素沈着や上下肢に青あざができやすくなったりします。
また女性では無月経にもなります。
小児では思春期に月経が発来しない、いわゆる原発性無月経の原因の一つでもあります。
また高血圧や糖尿病を伴うこともある等多彩な症状を示します。

④ 甲状腺刺激ホルモン産生腺腫

最も稀なホルモン分泌性下垂体腺腫です。
しかし、実際は病理診断で意外と多く見つかります
全年齢層に生じ、性差はありません。
症状は甲状腺の機能亢進に基づく頭痛、急な痩せ、手の振るえ、動機、不整脈、下痢等になります。
また大きな腺腫が多く、腫瘍が視神経を下方から圧迫して視力視野障害を伴います。
また時に成長ホルモンやプロラクチンを同時産生し先端巨大症や無月経、乳汁分泌等もみられます。

下垂体腺腫の診断

画像診断については頭部MRIが最も有用です。
特に造影剤という薬剤を用いた画像であれば数ミリ程度の非常に小さな腫瘍の検出も可能です(正常下垂体の方がよく造影され、腺腫の方は造影効果が低いためそのコントラストの差で腫瘍の位置や大きさが分かります)。
また小さい腫瘍の場合には造影剤を急速注入しながらMRIを数十秒おきに連続撮影することもあります(ダイナミックMRI)。

血液検査ではそれぞれ過剰に分泌されている下垂体ホルモンが高値を示していることに加え、各種ホルモン負荷試験を行うことで、それぞれの腺腫における各診断基準を満たすこと等が重要です。
その他ホルモン過剰分泌に関連した症状等を含めて総合的に診断することとなります。

下垂体腺腫の治療

下垂体腺腫と診断された患者さんの全員が治療を必要とするわけではありません
たまたま見つかった「無症候性」腺腫であれば、まずは外来での定期的な経過観察となります。
基本的には腫瘍に関連した症状がみられている患者さんが治療対象になりますが、無症候であっても腫瘍が上方に進展し、視神経に触れている、もしくは軽度の圧迫があるような症例では手術を考慮します(脳ドックのガイドライン2019)。

下垂体腺腫の治療の原則は手術による摘出術(経鼻的、経蝶形骨洞的腫瘍摘出術)です。
腫瘍の大きさ、ひろがりの程度等によっては開頭術を選択することもあります。
腫瘍が大きい場合には2回に分けて経蝶形骨洞的腫瘍摘出術を行うこともあります。
また腫瘍が上方、側方に広がっており、開頭術と経鼻的腫瘍摘出術の両方が必要になる症例もあります。

ホルモン産生腫瘍の場合には薬剤が選択されることがあります。
特にプロラクチン産生腺腫(プロラクチノーマ)においては薬剤投与が第一選択となりつつあります。
最近では非常にいい薬剤が開発され、週に一回の内服で効果のみられるものもあります。

手術と薬剤による治療の大きな違いは、手術では腫瘍を取り除くことが可能ですが、薬剤では腫瘍の増殖を抑えるというだけで、腫瘍が完全になくなってしまうというわけではないことです。
つまり薬剤を選択した場合には、手術のように体にメスを入れる必要はありませんが「長期にわたり、薬剤を使い続けなければならない」ということになります。

必ずしも手術ですべての腫瘍が摘出できるわけではありません
下垂体腺腫の両脇には内頚動脈という非常に大事な血管があり、その周囲は海綿静脈洞という脳神経が走行している場所になります。
腫瘍がこれらの重要組織内に入り込んでいることもあります。
そのような場合には無理せず腫瘍を残してくる必要があります。
このような残存腫瘍に対しては、術後に定位放射線治療(病変部のみに限局して放射線を照射する)を行うことがあります。
当院ではガンマナイフという最新の放射線治療を行っています。

当院では内分泌代謝内科、放射線治療科の協力のもと最善の治療法を選択することができます。
いずれの治療法にも利点、欠点がありますので担当医と良く相談して決めなければなりません。

頭蓋咽頭腫 -ずがいいんとうしゅ-

頭蓋咽頭腫とは

胎生期に頭蓋咽頭管といわれる部分の細胞が一部残ってしまったため発生する先天性腫瘍で、良性腫瘍の代表的なものです。
比較的稀な腫瘍で原発性脳腫瘍の約3%を占め小児から成人まで全年齢層にわたってみられます。
しかし約20%は15歳未満の小児に発生し、小児脳腫瘍の中では4番目に多いと言われています。

ホルモンの中枢である下垂体の上部にある下垂体柄という部分に発生し、頭蓋底の中央にあるトルコ鞍とよばれる凹みの中、もしくはその直上にみられることが多くあります。
嚢胞を形成することも多く、嚢胞の中にはモーター油に似た液体とコレステロールの結晶を含みます。
腫瘍成分には砂状や結節状の石灰沈着がみられます。

頭蓋咽頭腫の症状

腫瘍が大きくなると髄液の流れを悪くし、水頭症から頭痛、嘔吐など頭蓋内圧亢進症状がみられることがあります。
近傍の視神経を圧迫すると視野が欠ける(両耳側半盲)、視力低下等がみられます。
また下垂体のホルモン分泌機能が低下するため身体発育が遅れる、低身長、薄い毛髪、基礎代謝の低下など下垂体機能不全症状を来します。
さらに視床下部という部分にも影響が及ぶと低体温、傾眠、尿崩症、電解質異常等がみられます。
成人では視神経症状と精神症状で発症することが多いといわれています。

頭蓋咽頭腫の診断

頭部CTではトルコ鞍上部に散在する結節状石灰化病変として、また頭部MRIでは嚢胞を伴う腫瘍性病変として描出されます。
造影剤を用いた検査では腫瘍の実質部分と嚢胞壁の部分が増強されてみえます。
また血液データにおける下垂体ホルモン値の異常や、臨床症状、年齢等から総合的に診断されます。

頭蓋咽頭腫の治療法

基本的には外科手術による摘出を行います。
手術は開頭術と経鼻的腫瘍摘出があります。
前者はさらにこめかみの方から腫瘍に到達する方法と左右の脳の間から(額の少し後ろあたりから)到達する方法が主流です。
どのアプローチで手術を行うかは腫瘍の大きさや広がり具合、また執刀医の慣れ、経験等で決定されます。
腫瘍と周囲との境界は明瞭で圧迫しながら発育してきますので全摘出ができれば完全治癒が期待できます。
しかし一般的には周囲の重要構造物(視神経、第三脳室底、視床下部、血管)への癒着や浸潤等がみられることが多く、見た目には全摘出したとしても取りきれていない細胞が残っている可能性が高いです。
そのような場合には再発する可能性が高くなります。

また、周囲重要構造物を損傷しない為に一部腫瘍を残さざるを得ないこともあります。
腫瘍の発生する部位、腫瘍の特性(周囲への浸潤、癒着)等のため、他の良性腫瘍と比較すると手術合併症も高いと言わざるを得ません。

全摘出できなかった症例には再発防止のための放射線治療が有効といわれています。
ガンマナイフやサイバーナイフといった定位放射線治療で多くの有効性が報告されています。
病理組織学的には良性であっても再発を繰り返すことが多いため、他の良性腫瘍と比較すると臨床的には良性と言い難い部分もあります(全摘出した症例でさえも再発率は30-50%といわれております)。
それゆえ、術後も外来における長期的な経過観察が必要となります。

ラトケ嚢胞 -らとけのうほう-

ラトケ嚢胞とは

ラトケ嚢胞とは下垂体の内部にできる袋状のもので、内部に粘液が入っています。
子供から大人まで見つかることがありますが、何も症状がなく偶然に発見されることも多いものです。
ただし、袋が破裂して内容液が外に漏れ出すことがあり、その際には激しい頭痛発作を起こすことが知られています。

また長期間放っておくと、下垂体に炎症を引き起こしそのために下垂体ホルモンの障害を起こす場合があります。
いったんホルモンの障害が進行すると治療しても回復せず、ホルモン補充のための治療が一生必要になります。

手術を受けたほうがよい方というのは、ラトケ嚢胞が原因で視力や視野に障害が出始めている、日ごろから激しい頭痛発作があり鎮痛薬などの効果があまりない、血液検査で下垂体ホルモンの低下が始まりつつある、といった方々です。
治療は手術が第一選択になりますが、頭を開けることなく鼻から顕微鏡や内視鏡を使って摘出します。
非常に再発が多い手術ですが、当院ではアルコール処理や脂肪を内部に詰め込むなどの工夫をして再発率を下げることに成功しました。
また頭痛に関しても、厳密に点数化して術後の評価を行っています。
手術治療を受けた多くの方は、手術前には生活に支障のある頭痛であったものが、90%以上で改善しています。
ラトケ嚢胞があるといわれ、日ごろから激しい頭痛に悩んでいる方は、是非ご相談にいらして下さい。

著者紹介

大橋 元一郎
副院長 大橋 元一郎
資格
日本脳神経外科学会専門医
日本脳神経外科学会指導医
医学博士
実績
間脳下垂体腫瘍の治療専門
総手術数3000例以上の手術実績
脳血管障害、脳腫瘍、下垂体腫瘍それぞれ600例以上経験
機能的疾患(顔面けいれん、三叉神経痛など)の手術等の豊富な経験
略歴
1991年 弘前大学医学部卒業 三井記念病院 脳神経外科研修
1993年 東京慈恵会医科大学 脳神経外科教室入局
1999年 ハンブルク大学エッペンドルフ病院 下垂体腫瘍研究所
2005年 川崎幸病院 脳神経外科医長
2009年 新東京病院 脳神経外科副部長
2012年 総合南東北病院 脳神経外科科長(新百合ヶ丘総合病院へ出向)
2017年 晃友脳神経外科眼科病院 院長
2021年 野猿峠脳神経外科病院 副院長
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